
大学病院でがんの研究をしています.この度,研究開発の結果,がんを摘出するための新たな方法を開発しました.がんの摘出法について特許を取得することができますか?

前に,掃除機の発明について相談をしました.あれから,製品化に向けて開発をすすめていました.今は,ユーザーテストの段階で,何人かのお客さんにはテストとして掃除機を使ってもらっているところです.今から特許出願をした場合,特許を取得することができますか?
特許法では,保護対象である「発明」について,次のように定義しています.
特許法第2条第1項
この法律で「発明」とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう.
この定義に該当するアイディア(技術的アイディア)は,すべて「発明」にあたり,特許の保護対象となります.
とは言っても,「発明」に該当すれば,すべて特許を受けることができるか(つまり,特許権が得られるか)と聞かれたら,それはNoということになります.
特許法では,産業の発達の寄与を目的に,発明の保護と発明の利用のバランスをとることができるようにルール化されています.このため,産業の発達に寄与しない発明については,そもそも特許という形で保護すべきでないと考えられ,特許を受けることができません.
では,産業の発達に寄与しない発明とはどのようなものでしょうか.
産業の発達に寄与しない発明の代表例として次の5つを挙げることができます.
・産業上利用できない発明
・新規性がない発明
・進歩性がない発明
・先に出願された発明と同一発明(いわゆる準公知発明を含みます)
・明細書や特許請求の範囲の記載不備
本記事では,このうち,産業上利用できない発明・新規性がない発明・進歩性がない発明について取り上げて解説します.
Youtubeにて解説しています
産業上利用できない発明
特許法第29条第1項には次のように規定しています.
特許法第29条第1項
産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
この条文のうち,青でマークした部分が産業上利用できる発明についての規定です.そして,黄色でマークした部分は次の章で解説する新規性に関する規定です.
ここで,産業とは,単なる工業だけではなく,広義での意味での産業を意味します.例えば,農業や水産業,金融業や運輸業など,物の生産を伴うものか伴わないものであるかは一切問われることはありません.
先ほどふれたように,特許法の目的が産業の発達であるため,産業上利用できない発明は特許を受けることができません.
では,産業上利用できない発明にはどのようなものがあるかといいますと,次の3つの類型があります。
・人間を手術・治療・診断する方法の発明
・業として利用できない発明
・明らかに利用できない発明
このうち,説明が単純なものを先に説明します.
まず,「業として利用できない発明」.
市販や営業の可能性がない発明が業として利用できない発明に該当します.
例えば,たばこの喫煙方法のように,どう考えても,個人的にのみ利用される発明や,学術的・実験的にのみ利用される発明は,産業上利用することができない発明に該当し,特許を受けることができません.
ただし,「髪にウエイブをかける方法」のように,個人的に利用されうるものであっても,美容室などで業として利用可能なものは産業上利用できない発明にはあたりません.
次に,「明らかに利用できない発明」.
例えば,オゾン層の代わりに紫外線吸収フィルムで地球全体を覆う方法の発明のように,理論的には正しいのかもしれませんが,実際に実現できないような発明は,産業上利用することができない発明に該当し,特許を受けることができません.
少々説明が面倒なものが「人間を手術・治療・診断する方法の発明」.
医療が法上の産業かと聞かれると「産業」に該当します.そして,医療行為により人間を正常な状態に戻すことができ,最終的には,産業の発達に寄与するようにも思えるでしょう.
しかし,もし,仮に,このような発明に特許を与えた場合,一分一秒を争うような状態のときに,医師がこれから行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか,どのような責任を追及されるのだろうか,といったことを恐れながら医療行為を行うことになります.
さすがにそれはマズいということで,医療行為は「産業」に含まれるけど,「産業上利用することができない」としています.
なお,産業上利用できない発明にあたるのは,あくまでも「人間を手術・治療・診断する方法の発明」であって,「医療機器」や「治療薬・検査薬・分析キット」などは産業上利用することができる発明にあたり,特許を受けうるものであるといえます.

特許を受けるためには,産業上利用可能性が必要です.
このため,「人間を手術・治療・診断する方法の発明」,「業として利用できない発明」,「明らかに利用できない発明」については,特許を受けることができません.
よって,A医師が開発したがんの摘出法については特許を受けることはできません.
新規性
新規性とは,出願しようとしている発明が,「出願の時点で」新しいものでなければならないということです.
特許制度を一言でいうと,新規な発明をした者は,発明の公開の代償として,一定期間,一定条件のもと特許権という独占的な権利を与える一方,第三者には,公開された発明を利用する機会を与えるものです.
このため,従来から知られているような新規性のない発明にまで特許権という独占権を与えるべきではありません.また,そのような発明に独占権を付与した場合,従来技術を自由に利用することができなくなり,産業の発達の妨げとなります.
このため,新規性がない発明は特許を受けることができません.
新規性がないとされる発明は,次の3つとなります。
・特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
・特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
・特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
簡単に説明しますと,特許出願前に,秘密にしておく義務を有さない者に発明の内容を話し,その内容が理解された場合には新規性が失われます.
また,特許出願前に,たとえば,その発明に係る商品の製造や販売等を行った場合に,実際に誰かが発明の内容が理解されていなくても,発明の内容が知られる可能性がある状態で実施されていれば,新規性が喪失します.
さらに,特許出願前に,新聞や雑誌等の頒布された刊行物に発明を発表したり,インターネットに掲載した場合にも,新規性が喪失します。
そして,「特許出願前」とありますので,新規性の時間的基準は「特許出願の時」であり,時分まで考慮されることになります.例えば,午前中に発明を公開し,同じ日の午後に特許出願をした場合には,特許出願時に新規性が失われているため,特許を受けることができません。
また,「日本国内又は外国において」と規定されていますので,新規性の地理的な基準は日本だけでなく,外国も含まれます.

特許を受けるためには,新規性が失われていないことが重要です.先ほどのBさんの掃除機については,現時点で,何人かのお客さんにテストしてもらっているとのことですので,「原則として」,特許を受けることはできません.
ただし,まだ諦めるのは早いです!
新規性喪失の例外
新規性を失ったという場合でも,新規性が失われていないものとして扱ってもらえる例外規定があります.これを「新規性喪失の例外規定」といいます.略して「新喪例」と言ったりすることがありますが,この新規性喪失の例外規定の適用を受けることができるケースは次の2つとなります.
・特許を受ける権利を有する者の行為に起因して公知等となり,公知等となった日から1年以内に特許出願をする場合
・特許を受ける権利を有する者の意に反して公知等となり,公知等となった日から1年以内に特許出願をする場合
(特許を受ける権利を有する者の行為に起因して公知等となり,公知等となった日から1年以内に特許出願をする場合)
学会発表や新聞や雑誌等の刊行物に発表,販売等がこれに当たります.
特許を受ける権利を有する者(例えば,発明者自身や発明者が所属する会社)がこのような行為をした場合には,最初に公知等をした日から1年以内に特許出願を行う必要があります。
また,特許出願と同時に,新規性喪失の例外規定の適用を受けたい旨の書類を特許庁長官に提出する必要があります。さらに,特許出願の日から30日以内に,例外規定の適用を受けられる要件を満たしていることの証明書面を特許庁長官に提出します.
この2つの手続きを行うことで,新規性が喪失しなかったものとして取り扱われます.
ただし,出願公開公報等に記載されて公開された発明については,新規性喪失の例外規定の適用を受けることができません.
(特許を受ける権利を有する者の意に反して公知等となり,公知等となった日から1年以内に特許出願をする場合)
例えば,他人が無断で自分の発明をインターネットに掲載されてしまった場合に,公知等となった日から1年以内に特許出願をしさえすれば,新規性喪失の例外規定の適用を受けることができます.
出願と同時に提出する書面などは不要です.

新規性を喪失したとしても,1年以内であれば,新規性喪失の例外規定の適用を受けることができます.
Bさんのケースでは,いつからお客さんにテストしてもらっているかがわかりませんが,テスト開始から1年経過していないのであれば,新規性喪失の例外規定の適用を受けることができます.
進歩性
進歩性とは,当業者,簡単に言えば技術者(エンジニア)が,従来から知られている技術から容易に想到することができないことをいいます.
たとえ新しい発明であっても,当業者が簡単に思いつくような発明に独占権を与えることは,社会の技術の進歩に役に立たないばかりでなく,かえって産業の発達を阻害する可能性があります.
このため,たとえ新規性を備えていても,進歩性がない発明は,特許を受けることができません.

進歩性がないとされる発明の例として,たとえば,先行技術を単に寄せ集めたものや,構成要素の一部を単に置換・転用したにすぎないものを挙げることができます.
より具体的に例についてお話ししましょう.
たとえば,カセットデッキとラジオがすでに公知であり,ラジカセが公知でなかった場合,ラジオとカセットデッキを1台にまとめて,ラジカセを発明した場合,これは,単なる寄せ集めに該当し,特許を受けることは難しいと考えられます.
しかし,カセットデッキとラジオ,そしてテレビが公知であり,これらを組み合わせてラテカセを発明した場合,ラジカセと同じように単なる寄せ集めに該当するかというと,話はちょっと違ってきます.
ラジオもカセットデッキも音を聞く機械ですが,テレビは映像というプラスαの要素が加わってきます.
ラテカセは初めて販売された1972年において,この組み合わせが容易かといえば,難しい部類だと考えられるでしょう.
さらにいえば,1979年にラジオ・カセットデッキ・テレビにコンピュータを組み合わせたラテカピュータが販売されましたが,ここまで来ると,情報処理機能を付加されており,1979年の時点において,これを1台にまとめることはさすがに容易とはいえないのではないかと思います.
このような、簡単に思いつかないアイディアについてのみ特許が与えられるということです.