Aさん

新しいギターの発明について特許を取得しようとしているのですが,この発明は私だけでなく,友人も関わっています.
この場合,誰が特許を取得できるのでしょうか.

Bさん

掃除機の発明について,特許出願を行うことにしました.
特許取得までに私が実際に行わないといけない手続は何がありますか?

特許法では,発明の保護と発明の利用のバランスをとることで産業の発達に寄与できるようにルール化しています.
著作権のことについてはまだ解説していませんので,ざっくり説明しますが,著作権は,著作物が完成した時点で発生します.著作物,たとえば小説や音楽,映画など,目に見える形で完成した時というのがある程度わかりますので,手続きをしなくても,権利が発生したということに対してトラブルが生じることは少ないかなと思います.

しかし,発明は,技術的アイディアであり,目に見えない状態で完成するのですから,第三者からみて客観的に権利の存在を証明するためには,ある程度の工夫が必要となります.

その工夫が特許出願,特許権の設定登録というものです.

今回は,特許を取得するための手続きの流れと,特許出願をすべきか否かの判断基準について解説していきます.

Youtubeにて解説しています

動画がよかったという方はチャンネル登録と高評価をお願いします

発明の完成から特許権利の設定登録までのざっくりとした流れ

大学入試と特許出願手続
図1 大学入試と特許出願手続

この記事をご覧になられている方は,高校入試や大学入試を体験した方がほとんどだと思います.
高校や大学に入学するには,まず願書を提出し,受験料を納付します.
その後,入学試験を受け,試験に合格する必要があります.
試験に合格したのちに,入学金を納付することで,高校や大学に入学することができ,高校生・大学生の地位を獲得することができます.

特許を取得するための大まかな流れは,これと全く同じです.
まず,発明が完成した後に,特許してもらうために特許出願という手続を行います.
その後,特許庁の審査官による審査を受けるために,出願審査請求を行います.出願審査請求の本質は,審査手数料を納付することにあります.
出願審査請求を行った後,特許庁の審査官による審査がなされ,特許できると判断されたものについて,審査官が特許査定を出します.
特許査定がなされたら,特許料を納付することで,特許権の設定登録がなされ,特許権が発生し,特許権者の地位を獲得することができます.

特許出願から特許権の設定登録までの流れ

特許出願から特許権の設定登録までの流れ
図2 特許出願から特許権の設定登録までの流れ

特許出願

特許権を付与する行政庁は特許庁ですが,発明者個人が考えた新しいアイディアを,特許庁の職員に,まずは知ってもらわないと,権利を与えようにもどうすることもできません.
そこで,特許を取得することを希望する場合には特許出願を行う必要があります.

特許出願に必要な書類
図3 特許出願に必要な書類

特許出願は,願書明細書特許請求の範囲必要な図面及び要約書を添付して,特許庁,正確には特許庁長官に提出することをいいます.なお,特許出願を行う際には,出願手数料,14,000円を忘れずに納付する必要があります.出願書類を受領して確認したり,この後に説明する出願公開の作業を行ったりすると人件費などがかかりますので,その分の費用として14,000円かかります.

願書(正式名称は「特許願」です.)は,発明者出願人等を記載します.
発明者が複数いる場合,特許出願人(特許権が発生したときに権利者となる者)が複数いる場合は,列挙する形ですべて記載していきます.
願書には,発明者の氏名と住所特許出願人の氏名・名称と住所を記載する必要があり公開されてしまいますが,権利者がどこの誰なのか,発明者はどこの誰なのかを明確にしておかないと,例えば,ライセンスを受ける場合に,誰を交渉先とすればいいのかがわからなくなってしまいますので,仕方のないことだと思ってください.

次に明細書は,発明の内容などを記載した書面で,技術論文みたいなものです.明細書が公開されることで,発明の利用の用に供することができるということです.

特許請求の範囲は,権利を求める発明の範囲の内容を特定して記載するものです.権利範囲を示すいわゆる権利書のようなもので,出願書類の中で最も重要な書類となります.

図面は,発明の内容を理解するのに役立つ図面があれば記載していきます.「必要な図面」となっており,図面は必須の書類ではありません.特に化学系の分野では,図面を省略することが多いものと思われます.

要約書は,発明のインデックス的な役割を果たす書類です.要約書の記載内容を考慮して特許権の権利範囲を定められることはありません.

特許を受ける権利

特許出願を行う際に必要となるものとして,特許を受ける権利というものがあります.
特許出願をして,特許権が得られるのは,原則「発明をした者」,つまり発明者となります.
発明に関与している方が複数人いる場合には,原則,関与しているみなさんが発明者となります.

しかし,会社の従業員が,会社からお給料をもらって,研究開発業務を行って発明が完成した場合,発明者しか特許権者になれないとなると,会社は,せっかく研究開発投資をしたのに独占権が得られなくなってしまうのはおかしいですよね.また,その従業員が退職して,別の会社に転職した場合,研究開発投資を行って事業を行っている会社に対して権利行使されるとなると,理不尽なことになります.

そこで,発明が完成したときに,発明者に「特許を受ける権利」を帰属させ,この権利を移転させたりすることで,この問題を解決しようとしています.
つまり,特許を受ける権利は,発明が完成した時点で発生し,他人に譲渡することができます
そして,特許を受ける権利を有する者に限り,特許出願をすることができるようにしました.

特許を受ける権利は,その発明について特許になるまでは永続しますので,特許を受ける権利を持つ人は,好きなタイミングで特許出願をすることができます.また,出願せずに,発明の内容を隠し,営業秘密とすることもできます.

なお,職務発明については別の機会に説明いたします.

弁理士

特許出願は,願書に,明細書,特許請求の範囲,必要な図面,要約書を添付して,特許庁長官に提出する手続きです.
特許出願を行うには,特許を受ける権利が必要となります.特許を受ける権利は,原則発明者に帰属しますので,Aさんのギターの発明について,原則,関与した友人と一緒に特許出願を行う必要があります.権利者となるのは,原則,AさんとAさんの友人となります.

なお,特許出願を行った後,特許庁では,必要な書類がそろっているか,出願手数料(14,000円)が支払われているかをチェックする方式審査があります.

出願公開

特許出願から1年6月後に,特許庁は,発明の内容,具体的には,願書,願書に添付したすべての書類を公開します.これを出願公開といいます.出願公開は出願がなされたことを公開するもので,改良技術を生むきっかけ(文献的利用)特許になったらリスクになりそうなものを監視したり,他人が事後的に出願をした場合に特許とならないようにするために利用されます.

出願公開は,あくまでも,出願内容を公開するものであり,特許になる/ならないは一切考慮されません.
「出願公開=特許になった」という図式は成り立ちませんので注意が必要です.

出願審査請求

特許を受ける権利を持つ者が特許を受けるために特許庁に対して特許出願を行いますが,特許出願をしただけでは審査は始まりません.審査を始めるためには,出願審査請求という,出願した内容が特許要件を満たすかどうかの審査をするように求める手続きが必要となります.

出願審査請求は,特許出願の日から3年以内に行う必要があり,万が一,3年を経過した場合には,特許出願が取り下げられたものとみなされて,特許を取得することができなくなります

この出願審査請求の実体は,出願審査手数料を納付する手続です.出願審査請求手数料は,実体審査に必要な人件費などを負担するもので,令和4年4月現在の料金は,138,000円に1請求項あたり4,000円を加えた額です.請求項数とは,特許請求の範囲に記載した発明の数のことで,出願審査請求手数料は,1つの請求項のみの場合,料金は142,000円,3つの請求項であれば,150,000円となります.

なお,中小企業やベンチャー企業の場合,1/2~1/3に減免される減免制度があります.個人の場合は所得税非課税対象者の場合1/2の軽減,住民税非課税の場合全額免除されますが,出願審査請求書は提出しなければなりませんので注意が必要です.

実体審査

実体審査(イメージ)
図4 実体審査(イメージ)

実体審査では,特許庁の審査官が,発明の内容を精査し,特許することができるか,特許できない理由があるかどうかをチェックしていきます.
審査の結果,特許することができる場合には「特許査定」となります.
逆に,審査の結果,特許することができない場合,「拒絶理由通知」を発行します
拒絶理由通知が発行されても,この後に説明する「意見書・手続補正書」を提出した結果,拒絶理由が解消した場合にも「特許査定」となります

拒絶理由通知・意見書・手続補正書

審査官による審査の結果,出願された発明について特許できないと判断した場合,特許できない理由を記載した拒絶理由通知書を発行します.
そして,出願人が日本国内に在住する場合には60日間日本国外に在住する場合には3月間拒絶理由通知に対して,応答書類を提出する機会が与えられます

特許できない理由のことを「拒絶理由」といいます.主な拒絶理由は,特許要件を満たしていないことが挙げられます.

出願人は拒絶理由通知の内容を精査し,拒絶理由に対し納得できない場合には意見書にて反論することができます.

また,願書に添付の明細書,特許請求の範囲,図面を修正(正式には「補正」といいます.)して拒絶理由を解消できるときには,手続補正書を提出します.

具体的な拒絶理由通知に対する対応については別記事で解説します.

特許査定・特許料の納付

審査官が特許することができると判断した場合,または,拒絶理由通知に対し,応答書類を提出した結果,拒絶理由を解消した場合には,「特許査定」が発行されます.
特許査定の謄本が送達されたら,送達日から30日以内第1年~第3年の各年の特許料一括納付します.たとえ存続期間(出願の日から20年)が残り少なくても,第1年~第3年の各年の特許料を一括納付する必要があります.

また,この特許料の納付については軽減制度がありますが,個人の場合と法人との場合で軽減理由や提出書類が異なりますので,詳しくは特許庁のHP・都道府県ごとに設けられた知財支援総合窓口,代理している弁理士に確認してください.

特許権の設定登録・特許証・特許公報の発行

第1年~第3年の各年の特許料を納付しますと,特許庁では,特許原簿を作成し,特許権の設定登録がなされます.特許権の設定登録がなされますと,特許権が発生します.
特許権の存続期間は,特許出願の日から20年です.しかし,第4年以降も特許料を納付しなければならず,納付を怠ると特許権が消滅しますので,注意が必要です.

特許権の設定登録がなされますと,特許権者に特許証が発行されます.この特許証は,いわゆる賞状的なもので発明者の名誉を称えるために発行されます.このため,権利が存在していることの証明に特許証を提示しても全く意味がなく特許原簿が特許権が存続していることとの証明書面となる点に注意が必要です.

また,第三者に特許権が発生したことを公表する「特許公報」が発行されます.この特許公報は,出願公開公報とは異なり,特許権の権利範囲を示す重要な資料となります.

弁理士

特許を取得するためには,まず,特許出願を行う必要があります.そして,特許出願の日から3年以内に出願審査請求をする必要があります.
出願審査請求を行うと,実体審査に入ります.
実体審査の結果,特許査定がなされた場合には,特許査定の謄本の送達の日から30日以内に特許料の納付を行います.これにより特許権が発生します.
実体審査の結果,特許できないと判断された場合には,拒絶理由通知が発行されます.拒絶理由通知に対し,応答期間内に意見書や手続補正書を提出し,特許できると判断された場合にも特許査定がなされます.

特許出願をすべきか否かの判断は慎重に

特許出願をすべきか否かの判断基準
図5 特許出願をすべきか否かの判断基準

ここまで特許出願の流れについてみてきましたが,特許出願をした場合には,出願内容が公開されてしまいますので,「発明が完成したので特許出願をしよう!」とすぐに出願書類を作成するのは好ましいことではありません.

出願内容が公開されるということは,ノウハウとして管理できないということになりますので,特許出願をすべきか,すべきでないかの見極めは,事業を行う上でとても重要なことといえます.

特許出願をすべきか,すべきでないかの見極めに活用できるツールの1つとして,VRIO分析があります.VRIO分析は1991年にジェイ・バーニーが提唱したフレームワークです.

「V:Value(経済的な価値)」,「R:Rareness(希少性)」,「I:Imitability(模倣可能性)」,「O:Organization(組織)」の4つのそれぞれについてYes or Noで回答するとされています.

特許出願するか否かは,特許出願をすることにより,技術的なアイディアが持続的な競争優位性を有する経営資源となるかという基準で考えてみるということです.

まず,経済性に対する問い,つまり,出願するか否かを考えている技術的なアイディアについて,市場ニーズがあるかを考えます.市場ニーズがあると考えるならば,次のステップに進みます.
市場ニーズがないと考えるならば,コストを負担してまで権利を取得する必要がなく,特許出願をすべきではない,と考えるべきでしょう.というより,そもそも事業活動の見直しが必要な状態といえるでしょう.

経済性に関する問いについて,YESと考えた場合には,希少性に関する問い,つまり,その技術的アイディアについて,競争企業がすでに保有しているかどうかを考えます.

もし,競争企業がすでに保有していると考えるならば,出願しない方が賢明でしょう.特許出願をしても特許取得は難しいでしょう.
しかし,競合企業が仮に保有していたとしても,特許出願をしていない場合には,戦略的に特許出願するという選択も間違いとはいえません.特許取得後に,無効審判を請求され,無効とされるリスクは存在しますが,明らかな証拠を提出できない場合には,無効とされる可能性は低くなりますので,ビジネス上優位と立てる可能性が高まります.

そして,模倣困難性に関する問い,つまり,その技術的アイディアを保有していない企業が,そのアイディアを獲得あるいは開発するのに多大のコストを要するかどうかです.

例えば,製品を市場に導入した後に,ライバル企業が製品を購入して分解・分析して簡単に模倣することができるというのであれば,特許出願をして,権利を取得しておくことにより,法的な模倣困難性が高まりますので,特許出願をすべきです.

一方,製品を購入して,分解・分析するのに多大なコストがかかるというのであれば,特許出願をせずに,ノウハウとして管理した方がいいでしょう.
特許出願をした場合には,公開されますので,情報が漏れてしまい,模倣困難性が低下してしまうからです.

ほかにも,特許出願をすべきか否かの判断基準は多様ですが,なぜ特許出願をするのか,その目的をきちんと明確にした上で,判断することをおすすめします.

弁理士

特許出願を行った場合,一定期間・一定条件のもと特許権という独占権が付与されますので,ビジネス上のメリットとなりますが,逆に技術内容が公開されますので,独占期間経過後は当該技術についての模倣困難性が低下するというデメリットもあります.特許出願を行うのか,ノウハウとして管理するかは慎重に判断されることをお勧めします.

知的財産管理技能検定・弁理士試験など知的財産に関する試験を受験される方
知財業務携わる方はここをクリックしてください.
試験に役立つ情報をお届けします