新たな技術を開発したとき、開発の成果について、特許権を取得したいと考えるのは当然のことだと思います。 しかし、直ちに出願準備に取り掛かるのではなく、本当に特許出願をすべきか否かを、冷静になって考えることがとても重要なことです。

発明の完成から特許権取得までの流れを3つに分けると、次の通りになります。
ここでは、発明の完成から、特許出願に必要な書類を作成する前までにすべき事前準備について解説していきます。
特許制度は発明の公開を前提に産業の発達に寄与するための制度です
特許出願を行い、特許権を取得する前に、まずは特許制度のことについて、前提となる知識を押さえておくことはとても重要です。
特許法1条は、特許制度の目的が規定されています。
そこでは、発明の保護と利用のバランスをとることで、産業の発達に寄与することを目的とすることが規定されています。

この法律は、発明の保護と利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする(特許法第1条)。
発明の保護は新規な発明について独占的な権利を与えること
発明の保護は、新規な発明について独占的な権利、つまり、特許権を与えることです。
特許権は、特許権の設定の登録の日から発生します。そして、特許権の存続期間は、特許出願の日から原則20年で満了します。
特許権の存続期間中は、特許権が付与された発明の実施を特許権者が独占することができます。
つまり、第三者が発明を実施していたときには、特許権者は、その者に対して、発明の実施をやめさせたり、実施により損害が発生しているときには、損害賠償を請求したりすることができます。
研究開発投資を効率よく回収するためには、市場を独占し、シェアを高め、売上を上げていくことが効率のよいやり方で、特許権は市場を独占するための道具として使うことができます。
発明の利用は発明の公開により第三者による利用の機会を与えること
特許権は、新規な発明について公開の代償として付与されるものです。
発明を公開することにより、第三者がその発明に対して様々な活用をすることができます。
公開された発明の活用方法
- 現在行っている研究開発の参考技術情報(文献的な利用)
- 公開された発明を改良して新たな技術を創出
- 発明を利用したいときはライセンスを受けることが可能
また、存続期間満了後は自由技術として、何ら制約を受けることなく発明を利用することができます。
特許制度は発明の保護と利用のバランスを図り、産業の発達に寄与するものです
特許制度は、発明の保護と発明の利用のバランスをとることで、日本の産業を発達させることを目的として制定されたものです。
発明の保護と発明の利用のバランスをとることができないようなものは、特許制度の目的に反することになるので、そのような事態は回避するように制度設計されています。
特許出願に取り掛かる前にすべき3つの事前準備事項
特許出願前に取り掛かる前に事前準備として、次の3つについて調査、検討すべきです。

特許出願に取り掛かる前にすべき3つの事前準備事項
- 事業性の検討
発明を活用してどのような事業を行うのかを明らかにします。 - 特許取得可能性の調査
特許出願から特許権取得まで、代理人を立てずに行ったとしても、最低10万円程度は準備する必要がありますし、代理人を介して行った場合は、最低でも60万円は準備する必要があります。
このため、簡単な調査を行い、登録可能性が低いものについては、出願しないという判断をしてもよいでしょう。 - 費用の検討
特許出願から特許権取得まで、費用をかけずに行うことはできません。
減免制度を活用するだけでなく、外部資金や補助金を活用するなどの対応を検討し、費用面で事業を圧迫しないように事前に準備しておくことが重要でしょう。
事業性の検討は特許取得戦略の基本です
特許出願を検討する際には、まず「なぜ特許を取るのか」という目的を明確にすることが不可欠です。これは単なる技術的な手続きではなく、事業戦略の一環であるという視点が必要です。
特許出願の目的が曖昧なまま進めてしまうと、以下のような問題が発生します。

特許出願の目的を明確にしない場合の問題点
- 出願書類の記載内容がブレる
本来保護したいコア技術と、周辺技術の線引きがあいまいになり、権利範囲が広すぎたり狭すぎたりして、事業の武器とならない特許になってしまうおそれがあります。 - 審査対応の方向性が不明確になる
審査段階で拒絶理由が通知された際に、「何を守りたいのか」が明確でないと、的外れな補正や意見書を提出してしまい、結果的に目的から外れた権利が成立することもあります。 - 権利維持の判断で迷いが生じる
特許を維持するには、年々高額になる維持年金が必要です。事業目的が明確でないと、「本当にこの特許を維持する意味があるのか」と判断がぶれやすく、結果的にせっかく取得した権利を途中で放棄することになりかねません。
特許は取得すること自体が目的ではなく、事業における優位性を築くための手段です。
市場での競争力を高めるためなのか、他社の参入を防ぐためなのか、あるいはライセンス収入を狙うのか。
目的に応じて、どのような発明を、どのような範囲で保護するかが変わってきます。
出願に進む前に、自社のビジネスモデルとの整合性をしっかり検討し、「この特許が何のために必要か」を社内で共有しておくことが、無駄な出願を防ぎ、実効性のある知財戦略につながります。
【特許の費用対効果を数値で判断】NPV法による収益性評価とは?
特許出願を検討するうえで、その技術がどれだけの収益を生み出す可能性があるかを見積もることは非常に重要です。
単に「この技術は稼げそうだ」といった感覚的な判断ではなく、数値で示すことが投資判断に説得力をもたらします。
将来得られると見込まれる収益の現在価値を計算する方法として、会計の世界で広く使われているのが「正味現在価値(Net Present Value:NPV)法」です。
NPVの計算式は次のとおりです。
\(NPV=\displaystyle \sum_{N=1}^{n}\frac{CF{_N}}{(1+r)^N}\)
※ CFₙ:n年後に得られる収益、r:割引率(安全率)
この計算では、将来の収益をそのまま足し上げるのではなく、「将来の収益は今の価値より低い」という考え方に基づきます。技術開発と同様、会計でもリスクを考慮し、安全率(割引率)をかけて保守的に見積もるのが基本です。
具体例
毎年100万円の利益を、今後5年間継続的に得られる見込みのとき、割引率(安全率)を10%としてNPVを算出すると約380万円となります。
\(NPV=\displaystyle \sum_{N=1}^{5}\frac{100}{(1+0.1)^N} \approx 379 \)
この結果、仮に特許出願から登録までに100万円程度の費用がかかるとしても、将来の収益で十分回収可能であり、「出願する価値がある」と判断できます。

このように、NPV法で収益性を算出しておけば、出願に踏み切るべきかどうかの判断がより明確になります。 また、経営陣や投資家に対する説明にも説得力が増し、知財部門だけでなく全社的な納得感が得られます。
特許出願は「事業のための投資」と考え、費用対効果を定量的に評価する姿勢が、効果的な特許戦略の第一歩です。
【特許の取りやすさを事前にチェック】簡単な調査で出願判断が可能!
特許出願を行ったとしても、特許庁審査官に審査した結果、特許要件を満たしていないと判断されたときは、特許を取得することはできません。 このため、特許出願の準備に取り掛かる前に、特許要件を満たしているか否かを検討する必要があります。
特許の取得可能性の検討(特許要件の充足)はさまざまですが、代表的なものとして、次の6つについて検討を行うとよいでしょう。

特許取得可能性の主な検討事項
- 発明に該当するか
- 発明者・特許出願人がだれか
- 産業上の利用可能性を有しているか
- 新規性を有しているか
- 進歩性を有しているか
- 先願であるか
発明の該当性の検討
特許法では、次の4つの条件を満たすことで、特許法上の発明に該当することになります。どれか1つでも欠けると発明には該当しません。

発明と認められるための4つの要件
- 自然法則を利用していること
- 技術的思想であること
- 創作であること
- 高度であること
この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(特許法第2条第1項)。
このうち、高度であることの要件は、実用新案法の保護対象である「考案」との差別化を図るための要件であり、発明に該当するか否かの判断においては、高度でないという理由で発明該当性を否定されることはありません。 したがって、実質的に発明の該当性は、高度であることの要件を除いた3つについて検討すれば十分です。
自然法則を利用していること
自然法則とは、自然界において経験的に見いだされる科学的な法則のことです。 特許法上の発明であるか否かを判断する際には、課題に対する解決手段において、自然法則を利用しているか否かを検討することになります。
したがって、エネルギー保存の法則や万有引力の法則などの自然法則「それ自体」は、自然法則を「利用している」ことにはなりませんので、発明に該当しません。 そして、数学上の公式やゲームのルール、経済法則のみを利用するものについては、自然法則を利用していることにはなりませんので、発明に該当しません。 また、永久機関のように自然法則に反するものは、自然法則を利用しようがありませんので、発明に該当しません。
技術的思想であること
技術といえるためには、文章や数式・化学式・図面などで情報として伝達でき、伝達された情報に基づいて再現できることが必要です。
文章や数式などで情報として伝達できない「技能」(例:フォークボールの投球方法)は、発明に該当しません。 また、絵画や彫刻、音楽などの美的創作物は、美的思想であって、技術的思想ではありませんので、発明に該当しません。 さらに、機械の操作方法についてのマニュアルのように、情報の単なる提示も「思想」ではありませんので、発明に該当しません。
創作であること
創作といえるためには、何らかの形で、人の手が加えられていることが求められます。
このため、天然物を単に掘り当てたという、単なる発見は、発明には該当しません。 しかし、その天然物から人為的に単離精製した「化学物質」は、単離精製という、人の手が加えられていますので、発明に該当します。
発明者と特許出願人の特定
特許出願を行うことができるのは、「特許を受ける権利」を有している必要があります。 特許を受ける権利を取得するのは、原則「発明者」です。
発明者といえるためには発明の完成において実質的に関与していることが必要
発明者は、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、技術的思想が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者と、裁判所の判決において定義づけられています(知財高裁平成20年9月30日判決)。
発明の完成までに1人しか関与していないのであれば、特に問題なく、その者を発明者として特定できます。 問題は、発明の完成に複数人が関与しているときです。
発明の完成に複数人が関与しているとき、その発明の創作活動に実質的にかかわったものであることが、発明者として求められます。
なお、発明者は必ずしも一人である必要はなく、共同で創作活動に関与しているケースもあります。 複数の者が共同発明者として認められるためには、課題を解決するための着想及び具体化の過程において、一体的・連続的な協力関係の下に、それぞれが重要な貢献をなしてることが必要となります。
逆に発明者として認められない者を、主に6つ挙げます。
発明者とは認められない者
- 管理者として、研究者に対して一般的管理をした者
- 管理者として、一般的な助言・指導を与えた者
- 補助者として、研究者の指示に従い、単にデータを取りまとめた者
- 補助者として、研究者の指示に従い、実験を行った者
- 発明者に資金を提供したり、設備利用の便宜を与えることにより、発明の完成を援助した者
- 発明の完成を委託した者
特許出願人は特許を受ける権利を有し、将来的に特許権者となる者

特許を受ける権利は、発明の完成と同時に発生し、特許出願をして、特許権が得られる権利のことです。 発明の完成と同時に特許を受ける権利が発生しますので、その帰属、権利の持ち主は、原則発明者となります。
特許を受ける権利は、財産的価値を有するといわれていますので、譲渡が可能となります。 会社が特許を取得するときは、発明者が会社に特許を受ける権利を譲渡してもらうということが基本となります。
特許を受ける権利を有し、将来的に特許権者、つまり、権利者となる者が特許出願人です。 特許権を有する者が特許権者、その特許権者になる予定の者が特許出願人ということです。
特許出願人(特許権者)と発明者が異なるときの注意点
特許を受ける権利は譲渡可能です。 このため、発明者から特許を受ける権利を別の者に譲渡した場合には、特許出願人(特許権者)と発明者とは、別人となります。
この場合、特許を受ける権利の処分(譲渡や消滅、そもそも特許出願をしないという対応を含む。)は、特許出願人、特許権者が行うことができます。 特許を受ける権利を有さない発明者は、特許権が発生した時に、発明者としての名誉を受けるのみとなります。 発明者だから権利を自由に処分できるという方がいますが、とんでもない話になりますので、注意が必要です。
産業上の利用可能性の確認
発明が特許として認められるためには、その発明について、産業上の利用可能性を有していることが必要となります。
産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる(特許法第29条第1項柱書)。
特許制度は、産業の発達を目的としているところ、産業の発達に寄与しないものについては、特許を与えるべきではないという、至極当然な理由です。
産業上の利用可能性がない発明として3つ挙げます。 逆に、この3つのいずれにも該当しないのであれば、産業上の利用可能性が認められます。

産業上の利用可能性がない発明
- 業として利用できない発明
個人的・家庭的な利用にとどまるような発明は、産業の発達に寄与するものではありませんので、産業上利用可能性がないとされます。 - 実際上明らかに実施できない発明
理論的には正しくても、明らかに実施できないような発明は、産業に役立つものではありませんので、産業上利用可能性がないとされます。 - 人間を手術、治療又は診断する方法の発明
産業として認められるべきではありますが、人道的観点、医療行為の円滑化の観点から、例外的に「産業上利用可能性がない」とされています。
新規性の確認
新規性とは、その発明が新しく、誰にも知られていないことです。 つまり、特許出願前に、場所を問わず、第三者に発明の内容を知られ、知られうる状態にあった場合には、特許を受けることができません。

特許制度は、新規な発明について、その公開の代償として特許権を付与するものです。 このため、新規でない発明については、特許を与えるべきではありません。
新規性の有無は、秘密保持義務を持たない者に、その発明が知られたり、知られうる状態に置かれたことがあるか否かで判断します。 具体的には、次のようなケースが挙げられます。
新規性を喪失する場合
- テレビ放映で発明の紹介がされたり、記者会見や学会で発明について発表した
- 発明を利用した製品を販売した
- 学術雑誌や特許公報に掲載された
- インターネット上の記事に掲載した
新規性のない発明は、特許を受けることはできないのですが、特許を受ける権利を有する者自らによって、新規性を喪失させていたり、詐欺や脅迫により特許を受ける権利を有する者の意に反して新規性が喪失した場合には、新規性を喪失してから1年以内に特許出願をすれば、例外的に新規性喪失の判断から当該事由については除外することができます(他の特許要件を満たせば特許権が付与されます)。 ただし、特許を受ける権利を有する者自らの行為によって新規性を喪失した場合には、別途手続が必要ですので、注意すべきでしょう。
進歩性とは
新規性の要件はクリアしているのですが、特許出願時において、簡単に思いつくような発明は特許が与えられません。
この要件のことを進歩性といいます。

「簡単に思いつく」とありますが、どの目線から「簡単」かということですが、その基準は「当業者」(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)です。一応、特許審査基準には、当業者について詳しく解説していますが、特殊な技術分野でなければ、技術者・エンジニアの基準で簡単に思いつくか否かを判断すれば十分でしょう。
「簡単に思いつく」か否かの判断も、審査基準に詳しく書かれていますが、わかりやすくいえば、 技術者・エンジニアの基準に立ち、技術的に組み合わせたり、機能を除去したりすることが容易に思いつくか否か、 容易に思いつくのであれば進歩性がなく、容易に思いつかないのであれば進歩性ありと判断する、 と押さえておけば十分でしょう。
先願主義という考え方
特許を受けようとする発明について、最も先に出願していることが求められます。要は早い者勝ちです。 これを先願主義といいます。
同一の発明について異なった日に二以上の特許出願があつたときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる(特許法第39条第1項)。
ホットな技術分野であれば、同じような技術的課題を解決するために、複数の研究者・技術者が、それぞれ研究・技術開発を進めた結果、偶然、同じ発明が完成することは、ありえる話です。
この場合、先に発明を完成した者ではなく、先に出願をした者に権利を与えるとしています。
進歩性・先願は特許庁審査官に見てもらう方がコスト的に有利
特許の取得可能性の検討について解説しましたが、特に時間がかかるのが、新規性の有無、進歩性の有無、先願に該当するかの判断です。
特許庁の公式Webサイトでは、事前調査が重要であると書かれていますが、 特許事務所などに依頼すると調査料金が発生し、時間や調査範囲によって調査料金が高額となることがあります。
調査料金が高額で、特許出願する費用を捻出できないという事態は避けるべきです。
特許権を取得するためには、出願審査請求をおこない、特許庁審査官の審査を受ける必要がありますが、出願審査請求料以上の料金を調査会社等に支払うよりも、簡易調査で新規性の要件を満たしているのであれば、特許出願を行い、特許庁審査官によってチェックしてもらった方がコスト的に有利ですし、明らかに楽です。
調査に費用と時間をかけるより、さくっと出願をして、審査官に見てもらうようにするとよいでしょう。
費用面の検討・・・減免制度と助成制度を活用しましょう
費用をかけず、無料で特許権を取得することはできません。 手続き費用をどう捻出するかについても検討を忘れてはいけません。

特許庁に納付すべき印紙代については、減免制度がありますので、減免制度を利用することができる者に該当する場合には、積極的に減免制度を活用するようにすべきです。
内部留保で手続費用を捻出できるのであれば、特に気にする必要はないのかもしれませんが、 減免制度を利用するだけでなく、外部資金獲得についても検討すべきでしょう。
ものづくり補助や小規模事業者持続化補助金等の外部補助金を活用して費用を捻出することができます。 また、地方自治体によっては、出願助成制度があったりします。そのような助成金を活用するのも有効です。 弁理士が加入している日本弁理士会にも、出願助成制度があります。条件が厳しいので活用できる方は限られるのですが、このような団体が運営する助成制度を活用するのもよいでしょう。
費用の助成については、中小企業やスタートアップを支援すると公言する弁理士であれば、だれもが持っている情報です。 積極的に聞き出してほしいと思います。
まとめ・・・事前準備を行い無駄な出願を防ぐようにしましょう
特許出願前に取り掛かる前に事前準備として、次の3つについて調査、検討すべきことを解説しました。
出願前の事前準備(調査・検討事項)
- 事業性の検討:発明を活用してどのような事業を行うのか、具体的に数値化することも重要
- 特許取得可能性の調査:簡単な調査を行い、登録可能性が低いものについては出願しない
- 費用の検討:費用面で事業を圧迫しないように事前に準備しておく